鐘の音に恋をして40年 2015年12月25日(金)
lia09.gif 200×149 3K 思えば、遠い昔。私のお相手は鐘しかいない、山深い禅堂にこもって、坐禅をしていました。
「修行」を終えて、山を下りても、鐘の音を聞いていたくて、仏具屋さんに、直径25センチほどの鐘を注文しました。ところが、いくら待っても、鐘を持ってきてくれません。
仕方なしに、心の中で鐘を叩いて、その音を聞きながら、「行」をつづけていました。
ある時、ハッとしました。私は、山で、鐘の音を聞いているつもりでしたが、実は、「存在している自分自身の音」を聞いていたのです。

この話に感動された方から、楽器の弦などを調律する、A=440と刻印された発振器を頂いて、この部屋にあります。
いつでもそう。私たちが、目的をハッキリさせて選択しますと、それを体験する上で、必要なものは、すぐそばにあります。今、それが無くても、様々な形で、「存在している自分」から、必ず与えられます。
そのように、自分自身の選択を、具体的な体験にするのが人生です。

さて、私は、治療師ですが、皆さんの具合の悪い所をナントカして治す選択はしません。
皆さんが、これから、「世界中の人々の心身の健康のお役に立たつように」、私が、発振器になって、皆さんを、「安心・安全・元気イッパイ」に、調律してさしあげる治療師です。

同様に、私は、自分の生活の中で、いやなこと、いやな体験をしても、それらを怖れて、それらを非難、批判、否定しません。そのままシッカリ受けとめ、それを、スバラシイ自分を、具体的に体験する貴重なチャンスとして、「安心・安全・元気イッパイ」という「祝福」を、自分の心身で、「どんな感じかな・・・」と観じるという、まことに貴重な体験にします。

今朝も、名古屋でマラソンをしていて、左膝が痛くなった方の治療を頼まれました。それを目的にして、「私たちみんなの生命・意識」に聞きますと、頸椎の1番の調整が必要でした。そこで、私が、ここ、早稲田の治療院で「顎押さえの頭と首の体操」をやって調整しました。
その後、10キロ走ったら、また痛くなったと、電話がかかってきました。私は、再び、「その方の、左膝の痛み」と、目的をハッキリさせて、生命・意識に聞き、先ほどの体操の後、左右体操をしました。そして、最後に、私の書いた「日々の健康法」という本の上に、腰を掛けて、あの禅堂の鐘の音(存在している自分)と「一つ」になり、その方の治療を終えました。

私は、生命・意識を使うプロです。日々、自分の心身を調律器にして、自分の選択を具体的な体験しています。でも、多くの方は、そうはいかないので、日々に、「皆さんのお役に立つ」のを目的にして、私の身近にあって、皆さんのお手元にも、お届けすることができる「日々の健康法」を「調律器」にする方法を、お勧めしているのです。

こういう健康法を、「あがない」と言います。「あがない」とは、調律するという意味です。何か、悪いことが起きているので、それを、ナントカしようとする「償い」の治療ではなく、「世界中の人々の心身の健康」を目的に、大宇宙に展開している「存在している自分」の波動を、「どんな感じかな・・・」と観じて、「安心、安全、元気イッパイ」という「祝福」の波動を、みんなで、実際の体験にする健康法です。
実は、これが、こうして、肉体を持って生きている私たちの、この人生の「修行」です。


タッチ健康法 2015年10月20日(火)
lia10.gif 200×167 5K 私が、日頃から常用している、「理想と目的をハッキリさせた治療法」は、ヒマシ油の湿布、オイルマッサージ、体操、食べる物と、その調理法の選択です。
これらを組み合わせた健康法は、あきれるほどに、よく効きます。今日も、朝から、そして、たった今も、たくさんの喜びの電話がかかってきています。

私にとっては、あたりまえのことで、長年ヤッテイマスが。ご存知でしょう。
電話で、緊急の心身の健康相談をお受けしますと、ヒマシ油の湿布や体操等は、ご相談の方を「目的」にしてごく普通に、ここで、すぐに、私自身がやって、急速に効果をあげ、お役に立っています。
でも、健康法は、ご自分がやるものです。どうぞ、これらの、簡単で、超安価、若く見え、長生きをする健康法に慣れてください。

さて、お会いしたことがない方からの電話相談などをお受けして、ヒマシ油の湿布、オイルマッサージ、食物の選択とその調理法は、電話でも説明できます。
ところが、体操となると、説明する方も大変だし、なかなか通じません。そんな時に、ヒョッとよく効くのに「タッチ」があります。
これは、超意識体験会で、すっかりおなじみですね。

まず、「この今、自分が面倒をみなければいけない方の心身の調子を快適にして、具体的に、人々のお役に立つ生活をする」と、目的をハッキリさせます。

その目的に賛同するどなたかの前頭骨に、灰色の折り紙を付けて1分。

スムーズを、前頭骨か、尾椎の先端につけますと、一瞬。

ゆるまるクリーム「どんな感じかな・・・」は、尾椎の先端か、足の指につけます。これは、一瞬に効くというわけにはいきません。毎日やるのがお勧めです。

同様に、ウイッチヘーゼルタッチは、毎日、ウイッチへーゼルで全身をマッサージします。

さらに、超短時間で、驚くほどよく効くのに、「左右タッチ」があります。脳卒中の後遺症の方々には、特に喜ばれています。このタッチは、皆さんよくご存知でしょう。

もっと、驚く「タッチ」に、「ごま油タッチ」健康法があります。

それに、何とも言えない、ある場所にする「日々の健康法」(私の健康法の本)の3秒タッチには感動させられます。ナニコレ。

こうして、「タッチ」は、「目的をハッキリさせて」、私が、ここでしても、皆さんに、電話で説明してさしあげても、簡単な健康法です。

どうぞ、11月8日(日曜日)の超意識体験会で体験してください
ハヤイモノガチです。


見て、見て 2015年07月29日(水)
lia15.gif 200×183 5K 私は、自分を紹介する時、「意識屋さん」とか、「ケイシー屋さん」とか、「この今、世界中の人々の心身を健康にしている男」と言います。
私を知っている人は、ご存知ですね。私は、「世界中の人々の心身の健康」を目的にして、「両肘を挙げないで動く健康屋さん」なのです。
路上でも、電車の中でも、当然、治療院でも、自分を、紹介する時には、「見て、見て」と、両膝をゆるめて、両肘を挙げない動きや、首筋をのばして、顎を浮かしながら、前頭骨を通して、人々を祝福し、感謝し、感動するという、いつもの、「どんな感じかな・・・」と観じる体の動きを、よく見てもらって、その方の体のこりをとってみせるクセがあります。

長い年月の間、人々の人生相談、健康相談をしていますが、世界中の人々一人ひとりが、心身ともに健康な生活をするコツは、これなので、私は、それを、怠りなく実践しているのです。

ナゼかと言いますと、話は、カンタン。
私たちは、この今、みんなで、瞬時の休みもなく、私たちを生かそう、生かそうとしている「生命・意識の知恵と慈しみの活き活き、活き活きした働き」を生きているからです。
「その働きを制限する」のは、私たちみんなの、それぞれの「考え」です。
私たちは、過去と未来については、考えられますが、この今を考えられません。たったこの今は、自分の肉体の感じを通して、「考えないで」、「そのまんまに観じる」しかないのです。

私たちが、「目的」をハッキリさせて、自分の、この今の肉体の感じを、「どんな感じかな・・・」と、「私たちみんなの生命・意識の知恵と慈しみの活き活き、活き活きした働き」に観じてもらうと、その「働き」は、私たちが選択した「目的」の所でキチンと働きます。
私たちは、自分たちが、意識的にも、無意識的にも選択した「目的」を、自分たちみんなの、具体的な体験にする人生、生活をしているのです。これを活用しないてはないでしょう。

例えば、世界中の人々の心身の健康にために、「ある具体的な食品を、身近な人が、いつ、どのように食べたら健康にいいか」と、目的をハッキリさせますと、「生命・意識の知恵と慈しみの活き活き、活き活きした働き」は、私たちみんなの肉体の動きを通して、活き活き、活き活きと働いて教えてくれます。
また、私たちは、誰でも、身近かな人の、肉体や精神的な障害を改善する簡単な方法を目的にしますと、その具体的な方法が、私たちの肉体の動きを通して、ハッキリと分かります。

「超意識体験会」は、一人ひとりが、自分の「目的」をハッキリさせて、自分の骨盤、両肘をゆるめ、首筋をのばし、顎を浮かして、生命・意識の知恵と慈しみの活き活き、活き活きした働きに聞くと、その答えは、「自分の体の動きを通してやってくる」という貴重な体験をする「チャンス」です。どうぞ、ご自分の、若々しい心身と豊かな精神生活と、ご家族の心身の健康を具体的な目的にして参加しませんか。


「ささえ」の福田 2015年03月13日(金)
lia01.gif 200×186 4K 皆さん。もう、おなじみですね。
私たちは、誰でもみんな、全体で[一つ]のオモシロイ存在として、オモシロイ世界に住み、それぞれに、誰とも違う、自分らしい「決めつけ、思いこみ、感じこみ」のクセで選択した未来を、みんなで体験しているオモシロイ存在です。

お互いに助け合う体験が、この人生。
私は治療師を選択。特に、今・ここで、[一つ]として展開している「生命・意識の活き活き、活き活きした知恵と慈しみの働き」を活用して、皆さんのお役に立っています。そこで、自分を[意識屋さん]と呼んで、オモシロガッテいます。

私たちが、「生命・意識の働き」に、自分は、今、多くの人々のお役に立っている、あるいは、自分は、今、困っている人々を助けていると、自分で決めつけ、思いこみ、感じこむ選択をして、自分か、自分の面倒を見ている人たちの、この今の心身や生活への対応をハッキリと「目的」にしますと、[一つ]として展開している「生命・意識の活き活き、活き活きした知恵と慈しみの働き」が、私たちの潜在意識と、肉体を通して即座に働きます。オモシロイ。

私たちの、これまでの一切を記憶している潜在意識は、私たち一人ひとりの、たったこの今の呼吸、動作、感情で、生活の中の怒り、怖れ、不安、肉体の不調への対応を表現するのです。そこで、目的をハッキリさせて、どなたかが、どなたかの呼吸、動作、感情を、[どんな感じかな・・・」と、観じますと、オモシロイことに、その目的の所で、私たちを、瞬時の休みもなく生かそうとしている[一つ]の「生命・意識の知恵と慈しみ」が、みごとに働きます。

[観じる]とは、考えるのを一切止めて、ゆっくり、静かに、この今の肉体が感じている「呼吸、動作、感情」を、「じっくりと、観察している体験」です。このように、話にしますと、何だかわからないでしょうが、治療の時、瞑想会、講習会では、いつも、やってご覧に入れています。要領が分かれば、どなたでも、すぐにできます。

例を挙げましょう。自分が、家庭でも、職場でも、人から非難、批判、否定されますと、そのことが、どうしても頭から離れない、奇声を発する、机をたたいたり、ひっくり返す、頭をぶつけるなどの衝動にかられるクセを、自分の体験にしている人がいるとします。総ては、[一つ]として展開しています。その人は、過去に、自分や、人びとを査定して、非難、批判、否定する選択をしたので、それを、この今、自分の体験にてみているのです。

実は、この、なんともやりきれない体験が、生命・意識の、「祝福の治す働き」です。いいですか。この今の自分の体験から逃げない。この衝動体験をシッカリ受けとめ、過去に自分が選択していた自分の肉体の体験を[どんな感じかな・・・」と観じるクセをつけます。

このままで大丈夫です。たった今、[知恵と慈しみの働き」とともに、過去の自分の選択を体験したので、この体験が、自分ばかりか、他の人々も、心身ともに元気にしてしまうのです。私は、その方の、その衝動を非難、批判、否定しません。ひたすら、今の、この自分の体の動き、感情、呼吸を[どんな感じかな・・・]と観じます。具体的には、こうです。全身で怒りを感じ、両手で、顎を「支えて」立ち上がります。両眼をカッと開いて、ワーオと吠えながら、両肩を前へ回したり、うしろに回したります。こうして、「総ては一つ」として展開している[知恵と慈しみの働き]を、私が「支えた」のです。

私は、決して、自分や、人を治そう、ナオソウともしない治療師です。目的をハッキリさせて「私たちみんなの生命・意識」を支えて、その安心・安全・元気いっぱい・お互いの助け合いの体験という[知恵と慈しみの祝福の働き]に働いてもらって、元気を体験しているのです。


知恵と慈しみの活き活き・活き活きした働きの具体的な体験 2015年01月09日(金)
lia03.gif 184×200 12K 私の話は、簡単明瞭。理屈ではありません。また、架空の「物語」でもありません。
誰でも、私が提案する通りの「選択」をして生活しますと、私たちは、心身ともに、健康な日々を「体験」します。

私たちは、この今、総てが「一つ」として、永遠に存在して、「知恵と慈しみの活き活き、活き活きと働いているスバラシイ自分」が、その「スバラシイ自分」を体験するために、「時間と空間のある架空」の千変万化する地上で、一時的に、肉体を持ち、「個々の考える自分」が選択し、それを、みんなで体験する、あわただしい人生を生きています。

その架空の物語がオモシロイので、私たち一人ひとりは、何度も、何度も生まれかわって、それぞれに違う人生を「選択」して、みんなで、その選択を体験しているのです。

ここで、私たちとか、みんなといいますのは、あなたと私は違う存在と感じている「架空の自分」です。「架空」の「空」に注目しておいてくださいね。総てが「一つ」の「活き活き・活き活きした波動」の一部で、個として活動している働きが、私たち人間です。

そこで、この「今」は、「過去」の私たちの選択を、みんなで体験しているのです。
いいですか。私たちが選択して、その選択を私たちみんなが体験して、それを、みんなで、オモシロガルのが、この人生です。
その「選択」は、意識的にも、無意識的にも、私たち一人ひとりの自由な決めつけ、自由な思いこみ、自由な感じこみの「クセ」です。
多くの人たちは、自分が過去に、選択して、それを体験してきた、一人ひとりの「固有なクセ」を、みんなといっしょの、実際の体験にして生活しています。

「存在としての自分」は、いつでも真新しい「存在」です。私たちは、この「今」の体験がいやなら、この「今」、自分が、これから何を体験したいかという目的をハッキリさせて、それを「体験」するための新しいクセを、自由に「選択」します。
ありがたいことに、私よりも、2400年前のお釈迦さんも同じ話をしています。
私たちは、この世界に、肉体を持って、みんなで、困っている方々のお役に立とうとして、生活しているのです。私の言葉では、「世界中の人々の心身の健康のために」です。

お役に立つと言いますと、大層なことに聞こえますが。簡単。自分の自由な決めつけ、自分の自由な思いこみ、自分の自由な感じこみで、これから、自分が、どんな体験をしたいかという「目的」をハッキリさせたら、この今の肉体の感じ、感情、呼吸などを、「静かに観じる選択とその体験」です。「知恵と慈しみの活き活き・活き活きした働き」が、「目的」の「人」、「場所」、「出来事」で、活き活きと働いてくれます。どうぞ、この今こうして、自分が存在しているって「どんな感じかな・・・」と静かに観じましょう。